2006年02月08日
初芝清の通信簿 2005
皆様お待たせいたしました。2005年シーズンの活躍を通信簿として振り返るこの企画『選手たちの通信簿』第28回は、初芝清の通信簿です。
2005年シーズンで引退した初芝。
ロッテ一筋17年。『ミスターロッテ』と呼ぶにふさわしい彼の最後のシーズンとなった2005年を振り返ってみましょう。
《2005年シーズン成績》
| 試合数 | 打席数 | 打 数 | 安 打 | 打 率 | 本塁打 | 打 点 | 盗 塁 |
| 34 | 56 | 50 | 11 | .220 | 1 | 6 | 0 |
| 四死球 | 三 振 | 三振率 | 出塁率 | 長打率 | 対右投 | 対左投 | 得点圏 |
| 5 | 12 | .240 | .286 | .320 | .200 | .233 | .250 |
| 獲得タイトル | なし | ||||||
《初芝清月間成績:2005》
| 試 合 | 打席数 | 打 数 | 安 打 | 打 率 | 本塁打 | 打 点 | 盗 塁 | |
| 3・4月 | 9 | 17 | 13 | 2 | .154 | 0 | 2 | 0 |
| 5月 | 6 | 8 | 8 | 1 | .125 | 0 | 0 | 0 |
| 6月 | 5 | 8 | 8 | 2 | .250 | 0 | 3 | 0 |
| 7月 | 4 | 8 | 7 | 3 | .429 | 1 | 1 | 0 |
| 8月 | 3 | 2 | 2 | 1 | .500 | 0 | 0 | 0 |
| 9月 | 7 | 13 | 12 | 2 | .167 | 0 | 0 | 0 |
| 交流戦 | 10 | 15 | 15 | 3 | .200 | 0 | 3 | 0 |
2004年シーズンから、代打出場の多くなった初芝ですが、まだまだその存在感は絶大。
2005年シーズンは今江とのポジション争いに注目が集まりました。
しかし、ボビーが積極的に起用したのは若い今江。
初めてスタメン起用されたのは、13試合目となった4/9のファイターズ戦。
しかし、その試合もサードではなくDHでの起用でした。
なかなか出場機会も多くなかった序盤ですが、私が記憶に残っているのは4/1のホークス戦。
あの、桜吹雪で中断となった試合です。
7回1死1・3塁で代田の代打として起用された初芝は、バットを折りながらもライト戦に落とすタイムリー2ベースを放ちました。
この試合先発の直行は完封勝利。しかし、あの7回に追加点を奪う事ができなかったら、どうなっていた事か・・・
私の中ではあのヒットが、2005年のベストスイングでした。
その後も出場試合こそなかなかありませんでしたが、精神的支柱としてベンチで味方を鼓舞。
単純なプレーではなく、チームの勝利に貢献します。
迎えた9/19のホークス戦。
首位攻防4連戦の初戦開始前、J-SPORTSの島村さんからの『初芝清選手が引退を表明しました』の言葉。私は愕然とその場に立ち竦みました。
シーズン最終盤に来て、驚きの引退表明。
9/22のマリン最終戦では、涙の引退式。
この日私は、
1日でも長く、彼の勇姿を見ていたい!
1日でも長く、彼に声援を送りたい!
1日でも長く、彼のいるマリーンズを応援したい!
そして夢を掴むその瞬間を、この目で見たい!!
優勝してもう一度胴上げされる『初芝清』を見たい!!
と書きましたが、この言葉が現実のものになりました。
その影には、彼自身の貢献度が非常に大きかったと思います。
最後のシーズンとなる初芝に、何とか優勝というプレゼントをしたかったチームメイトの想いが、ポストシーズンの強さの原動力になっていたのは間違いないでしょう!
POと日本シリーズで9勝2敗なんて成績、通常考えられませんよ。
特にホークスとの優勝を決める戦いとなった2ndステージ最終戦。
8回にその前の守備で長ファインプレーをした早坂に代わって起用された初芝は、ショート川崎とサードバティスタのミスを誘う内野安打で出塁。流れを一気に引寄せました。
マリーンズの選手の中で、あそこで初芝以外にあの勢いを持ってこれる選手は誰もいないかったでしょう。
早坂⇒初芝と繋いだだ流れだからこそ、その後の逆転に結びついたといっても過言ではありません。
優勝を決めた瞬間にも、ベンチではなくグラウンドにいたわけで、最高の締めくくりだったと思います。
では、そんな初芝の2005年通信簿投票結果を見てみましょう。
《通信簿投票結果》 ※評価基準はコチラ
| 評 価 | 5 | 4 | 3 | 2 | 1 | 結 果 |
| 投票数 | 113 | 59 | 45 | 15 | 0 | 4.16 |
| 割 合 | 48.7% | 25.4% | 19.4% | 6.5% | 0% |
皆さんの投票は、50%近くの方が「最高の活躍!!」の”5”に集まりました。
確かに試合に出場し、プレーでの貢献度という点では低いかもしれませんが、毎回かかさずベンチに戻る選手を、先頭に立って笑顔で出迎えたその姿は、プレーする選手を勇気付け、勝利に大きく貢献していたと思います。
そしてその様子は、我々ファンの眼にも印象的に焼き付けられています。
その存在こそが初芝清の素晴らしさなのです。
一部のファンの間では神格化されるのも無理ない話というわけです。
当blogでも初芝の引退を知り、『初芝選手引退 彼の1番の魅力は何?』という企画を実施しました。
その結果第1位はキャラクター。そして、第2位はなんとメガネですよ!
第3位にやっと勝負強さというプレー面での内容が入ったくらいです。
千葉マリンでの初HRも初芝でした。記憶に残る名場面をあげていけばきりがありません。
マリーンズの暗黒時代に有って、彼の存在がどれだけファンの心を掴み、そして癒していたことか。
まだまだできるという気もしますが、今江の存在に未来を託し潔い引き際。
私の心から初芝清という選手の記憶が消える事はないでしょう。
今年から新たなる人生を歩みだす初芝氏。
初芝清選手、17年間本当に有難うございました!!
いつかマリーンズで指揮をとるあなたを心から待ち望んでいます!
《初芝清生涯成績》⇒コチラ
次回選手たちの通信簿は、ベニーの通信簿です。お楽しみに。
現在モロの通信簿投票を行っています。本日で最終締切りとなります。まだ投票されていない方お早めに投票してください。皆様のご協力、よろしくお願いいたします。
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初芝神の優勝貢献度は、もう言うまでもありませんね。ちなみにプレーオフ最終戦、早坂の代打での打席は「死球」ではなく、「内野安打」の間違いですね。あれはシビレマシタ!
伊予のカモメファンさん、こんにちは。
すいません、私の書き間違いでしたので修正いたしました。
本当優勝への貢献度は計り知れないですよね。