2007年01月14日
黒木知宏の通信簿 2006
- Egar
- 23:50
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- カテゴリー:選手達の通信簿2006

今日は選手達の通信簿第16回、『黒木知宏』の通信簿です。
いよいよ選手達の通信簿投手編も、今日のジョニーと成瀬の2人で終了です。
成瀬の通信簿が終了したら、投手編のランキングを発表するようにしますね。
今日はジョニーの通信簿ですから、まずはいつものように06年シーズンの成績から見てみましょう。
《2006年シーズン成績》
| 試合数 | 勝 利 | 敗 戦 | セーブ | 防御率 | 勝 率 | 投球回 | 打 者 |
| 5 | 0 | 0 | 1 | 6.75 | - | 4 | 20 |
| 被安打 | 被打率 | 奪三振 | 三振率 | 与四死 | 四死率 | 失 点 | 自責点 |
| 5 | 11.25 | 3 | 6.75 | 4 | 9.00 | 3 | 3 |
2005年の結果は⇒コチラ
《通信簿投票結果》
| 評 価 | 5 | 4 | 3 | 2 | 1 | 結 果 |
| 投票数 | 5 | 3 | 42 | 141 | 34 | 2.13 |
| 割 合 | 2.2% | 1.3% | 18.7% | 62.7% | 15.1% |
05年シーズン終盤には何試合か1軍での先発登板を果たし、勝利も挙げたジョニー。
特に8月末のマリンで行われたオリックス戦では、6回2/3を無失点の好投。
そんな姿が有っただけに、06年には完全復活の期待が高まりました。
06年シーズン開幕。開幕1軍メンバーには、ジョニーの名前が。
しかも3月25日の開幕戦では、3番手投手としてですが登板。1イニングを無失点に抑えました。
しかし、WBC組が合流し、先発投手として登録されていくのと引換えに、3月28日登録抹消となってしまいました。
その後6月9日にミラーと入替で再昇格するものの、その日の試合に登板し1失点。
2度目の登板はないまま13日には登録抹消。なかなか結果の残せない日々が続きます。
7月28日、3度目の1軍登録。
その日のオリックス戦、9回にコバマサ劇場が開演し、延長戦に突入するという緊急事態。
試合はもつれて延長12回まですすみます。
12回表、2死から青野が千金の勝越弾を放ち1点リード。その裏のマウンドには高木が続けて上がりますが、1死を取ったところで投手交代。名前を告げられたのはジョニーでした。試合がもつれたおかげで回ってきた登板でしたが、スタジアムは最高の盛り上がり。先頭の下山にヒットを打たれるものの、後続の2人を打ち取りゲームセット。
プロ入り初セーブを記録しました。
これで良い感じになっていくのかなぁ?なんて私は期待しました。
しかしわずか1週間後の8月3日、まさかあんな事態が起きるとは…
この試合、7回までは1点を争う好ゲーム。8回のマウンドには藤田が上ります。しかし、この藤田が誤算。自らのミスも有り1点を失い、尚も1死2塁。ここで流れを切るべくジョニーがマウンドに上ります。
交代後の先頭打者平尾にストレートの四球。そして迎えるはカブレラ。外のストレートとインハイのストレートで追い込み3球目、ジョニーの投じたストレートが甘いところに。この球を捉えた打球は、超特大の3ランHR。
悔しさを露にするどころか、ガックリとうなだれるジョニー。
この姿を見て、もしかしたら2度とマウンド上のジョニーを見る事ができないかも…と思ったくらいです。
江川が小早川に打たれ、引退を決意したあのシーンを重ねてしまいました。
結局06年シーズンはこの登板が最後。
今年の契約がどうなるのかと、この日以降毎日のように気になっていました。
9月に入ると瀬戸山氏が来季もジョニーを戦力として考えているというコメント。これには一安心しましたが、もしかしたらあの一発でジョニーの心が折れてしまっていないかと非常に心配していました。
最悪自ら引退発表も…なんて思っていましたが、シーズン終了間際になっても引退の報道は無く、ホッと胸を撫で下ろしました。
12月20日には契約更改。
全盛時には、1億8000万円を稼いでいた彼の来季年俸は、その年俸の1/10を下回る1600万円。
この金額を見ても、ここが最後というのは分かります。
今年結果が残らなければ、もう次は無いでしょう。
数年前までは私達の心の拠所と言えば、ジョニーの気迫あふれるピッチングでした。
そんな感動をくれたジョニーがこのままふたたび輝く事がないままフェイドアウトしてしまうなんて寂しい終わり方はして欲しくありません!
必ずやもう一度、あの雄たけびをあげ、笑顔を見せるジョニーを見たいと願っております。
黒木知宏投手、2007年も頑張ってください!!
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ジョニーは山本マリーンズ時代の絶対的エースでした。
当時マリーンズをやや斜めにネタ含みで応援していたころも、
ジョニー登板の際には、彼の魂の投球に対してこちらも
真正面からの熱い声援を送り続けました。
よくTV巨人戦の他球場途中経過で、
松坂と投げ合って6回まで0-0とか報道されるたびに
胸が熱くなりました。
偏愛と言われようがノスタルジーと言われようが、
今年も背番号54の背中を追い続けたいですね…。
2001年のシーズンの後半戦…まだ物語の続きはあると、
信じています。
こんにちは!!
確かにあと一回で良いから輝き放ってから引退をしてもらいたいですね~~。
あのジョニーが出てきた時の感動だけでも素晴らしいが、ジョニーが勝っちゃったら本当に鳥肌物ですね。
『お前がいねぇとはじまんねぇよ』
このフラッグが自分の心情を反映していました。
皆の記憶から忘れ去られようと
自分は・・・やっぱり・・・
お前がいねぇとはじまんねぇよ。