2007年12月24日
藤田宗一の通信簿 2007
- Egar
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- カテゴリー:選手達の通信簿2007

皆さんこんばんは。
気付けば先週は1回しか更新できず。。。
見に来ていただいた方には本当に申し訳ございません。
やっと忙しさにある程度目処が立ちましたので、それなりに更新出来るようになるかと思います。
さて、今日は選手達の通信簿第5回『藤田宗一』の通信簿です。
この企画も2月くらいまでには終わらせないといけませんので、ここからスピードアップして頑張ります!
ではまずいつものように成績と通信簿の投票結果から。
《2007年シーズン成績》
| 試合数 | 勝 利 | 敗 戦 | セーブ | 防御率 | 勝 率 | 投球回 | 打 者 |
| 31 | 1 | 2 | 1 | 12.64 | .333 | 15.2 | 76 |
| 被安打 | 被打率 | 奪三振 | 三振率 | 与四死 | 四死率 | 失 点 | 自責点 |
| 28 | 16.9 | 12 | 6.89 | 3 | 1.73 | 23 | 22 |
2005年の結果は⇒コチラ
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《通信簿投票結果》
| 評 価 | 5 | 4 | 3 | 2 | 1 | 結 果 |
| 投票数 | 3 | 6 | 13 | 126 | 630 | 1.23 |
| 割 合 | 0.4% | 0.8% | 1.7% | 16.2% | 81.0% |
今年の藤田は防御率がすべてを表すように、彼本来の力を発揮できませんでした。
彼のキャリアの中では、デビューイヤーの1998年以降50試合程度の登板は当たり前。
しかしながら、故障での抹消は有ったものの2003年の28試合に続くわずか31試合の登板に留まりました。
特に印象的だった試合は6月16日の阪神戦。
5点差の9回に登板(8回から)し、3連打でいきなり無死満塁のピンチをつくり降板。
その後マサがまさかの逆転を許すという展開。
いとも簡単に弾き返されランナーの溜まっていく様に、目を疑いました。
今季の藤田の被打率は.389。
左打者への被打率が.304、右打者に対してはなんと.538と全く仕事ができていません。
正直数年前から徐々に衰えは見えていました。
彼の持ち味である左打者の外へのスライダーも、全盛時のキレは失いつつ有ります。
特に右打者への被打率に関しては、数年前からある程度限界に近い状況で有りました。
ですから左のワンポイントが彼の生きる道ではあると思いますが、その左打者への被打率も.300を超えてしまった今年の成績では、来年以降の契約に球団が二の足を踏んだのも納得できます。
10月27日、藤田戦力外の報道が有りました。
正直、この時の印象は“まさか”の一言。ただ、冷静になって考えてみると、上記のようにしょうがないのかなぁと思う部分は有ります。
確かにまだ投げる事はできると思います。
しかしながら、今季の1億3000万円の年俸に見合う働きは難しいでしょう。
これまで何度と無く球団相手に銭闘を繰り返してきた藤田。
そういった経緯もある中、藤田と交渉を重ねる事を避けたという側面も有ると思います。
また、今季は川崎の成長も有りました。
後半は藤田ではなく大事な場面での1番手で投げるのは川崎となり、後ろの投手にもある意味目処が立ちました。
以前にも書きましたが、単純に藤田が讀賣の提示した額をロッテから提示されたとしても、首を縦に振ることは無かったと思います。
逆にその額で、(もしくはもっと安く)藤田が納得してくれるであろう算段があれば、突然の解雇も無かったと思います。
しかし、それはこれまでの契約交渉が影響を及ぼしているのは間違いないでしょう。
入団から10年、本当によく働いてくれました。
“仕事人”という言葉が彼にはよく似合うほど、良い所で仕事をしてくれたと思います。
環境が変わると良い仕事が出来る場合が有ります。
実績のある投手が輝きを取り戻すことも当然有ります。
讀賣に行く事でロッテを見返すくらいの活躍をしてくれればと思います。
藤田宗一投手、10年間有難うございました。
そうそう、ただね…
讀賣に行ってひげを剃ったのは…そんな藤田は見たくなかたなぁ。。。
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